貿易業界に身を置く私が、宅建士(宅建主任)の資格に挑戦し、合格してから30年が経過した。
その間、ビジネスの世界において「宅建士」として業務したことは一度もない。
けれども、宅建に合格して「損をした」と考えたことは一度もない。
不動産業界に関係ない人間が、宅建を持つメリット、自分としての30年間の変遷を交えて述べていきたい。
1.リーガルマインド
そもそも宅建にチャレンジしたのは、学生時代、法律(民法)を専攻、物権法をメインとした所属ゼミのT教授からのアドバイスだった。
「ウチのゼミ生ならば、宅建をとりなさい」
このときT教授の言葉の重みは、さしたる気にはならなかったが、卒業後の社会人としてのとてつもないアドバンテージになったのは事実である。
同じゼミの先輩方が「宅建」に不合格していたのを目にして、私は、まず、独学では合格は無理だと悟り、会社が休みの土曜日に「資格学校」に通った。
同僚が英検やTOEICを勉強する中、自分は、かつての恩師の言葉に従い、一見、自分の業務と無関係な宅建を目指す。
試験は一発合格、当時は、個人情報の縛りが薄かったため、宅建合格者の名前が地方紙に掲載された。自分の名前を発見したとき、嬉しさもひとしおだった。
貿易業界に身を置く自分にとって、宅建士の資格は不可欠というわけではない。
しかし、たとえば貿易業界では必須の知識、通関業法や関税法といった「法律に基づくビジネスの展開」については、大いに宅建の勉強が参考になった。
さらに宅建は、商取引、法律関係の根幹をなす「民法」の知識が不可欠であるので、社会人のたしなみとして最低限の法律知識(リーガルマインド)を得ることができた。
英語や貿易実務に長ける人間が履いて捨てるほど多くいる業界において、不動産の知識に明るいという宅建有資格者は、それなりに重宝がられることになる。
どんな業界にせよ、不動産知識は持っていて損はない。これは、30年間、貿易業界ひと筋で働いた私が、宅建に合格して損がなかったと自信をもって言えることである。
2.住替えと相続
宅建の有資格者としての30年。
有益だったと思うのは、なにもビジネスの面ばかりではない。
自分の住居の住替えや、親戚、肉親との相続においても、宅建知識を余すことなく、発揮することができた。
特に、住み替えにおいては、海千山千の不動産屋さんと対峙しなければならない。
宅建士のメイン業務として、不動産契約時の「重要事項の説明」がある。
部屋を借りるなり、住まいを買うなりしたときに、宅建士による「重要事項の説明」においても、自分も、そうした知識があるので、不動産屋さんの「言っていること」がよくわかるし、取引のしくみに明るいので、住み替えに際しての不安が解消される。
さる大手の不動産仲介会社を通して、物件の賃貸をしたことがあったが、それまでの営業担当が外れて、わざわざ宅建士が出てきて、「重要説明」を開始した場面に出くわした時、「ああ、あの営業さんは宅建資格をもっていないんだなぁ」と、改めて「宅建に合格した自分って凄いんだな」と実感したことがある。
宅建資格者がいるといないとでは、相続が発生したときも同様である。
突然、相続の問題が、親族間で発生したときも、宅建の知識で、迅速かつ公正、公平に事態にあたることができる。要するに、宅建資格者がいれば、相続が発生したときにも、もめることが少ないのである)
自分の住替えや相続に際して、いかんなく宅建資格者の知識と実績を発揮することができた。これは、有資格者となって30年を振り返ったときの大きなアドバンテージとなった。
3.相乗効果
社会人30年を振り返ってみて、宅建に合格したからといっても、決しても「バラ色の人生」というわけではなかった。
どちらかといえば、ビジネスでもプライベートでも充実した生活を送るための、「ちょっとしたスパイス」の程度にとどまるものであった。
残念ながら「宅建」に合格したからといって、万事うまく行くというわけではない。
キャリアのステップとして、宅建合格者は、別の資格もチャレンジすることで、宅建との相乗効果を狙ってみよう。
宅建合格者におススメの資格は、TOEIC (L&R)テストである。
スコアとしては、最低でも600点、可能ならば700点以上は欲しいところ。
国内オンリーの不動産業界においても、このご時世、英語からは逃れられない。
別に海外へ行く必要がなくても、日本の人口や市場は縮小していくので、海外からの人材を受け入れないと、ニッチもサッチもいかなくなる。
TOEIC600点くらいの英語力は、ビジネスの上での「最低限の基準」となる。
宅建とTOEICの掛け算で、重宝される人材になろう。
4.まとめ(異業種宅建のメリット)
最後に、不動産とはまったく関係のない仕事をしている私にとって、宅建資格を持つ自分にとっての最大のメリットを紹介しておこう。
それは、宅建を持っていることで、転職の武器を温存しておくこと。
ずっと同じ会社に勤めていれば、嫌になることも多々あるだろう。
そんなとき、会社にしがみつくよりも、異業種へ飛び込む覚悟が欲しい。
「俺は宅建を持っているので、こんな会社、いつでも辞めてやる!」
こうした腹をくくっって、幾多の困難を乗り越えてきた。
不幸にして、沈みゆく船に乗り合わせたら、そこから脱出するためのライフジャケットが必要である。
不動産業界に身を置かない私にとって、宅建は生存のための「ライフジャケット」である。
こうした「備え」を若いうちからしておいたおかげで、自信をもって仕事に邁進し、今日までなんとかやってきた。
異業種へ飛び込むためのパスポート、それが宅建資格の真骨頂である。
宅建士の最大のメリットは、いざというときのための「キャリアの備え」にある。
勉強は決してムダにはならない。
社会人として30年。不動産業界に身を置くこともなく、ましては、プロの宅建士にはならなかったけれど、そのメリットは十分過ぎるくらい享受できたと思っている。